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[花咲く港]  かつての商社や海運会社の社屋や倉庫、今に残るレンガ造りの建物が 肩を寄せ合うように、海岸通りに影を映す。 町は、この国の近代化とともに、その原動力のひとつだった。 石炭の集積地として、日本一の積出港として栄えた。  その頃、石炭は黒いダイヤと呼ばれ、そのきらめきに引き寄せられた人々で町は脹れ、 港は欲望と見果てぬ夢を呑み込み、沸き立ち、空前の活況を呈したという。 〈林立した帆船の檣〉や〈繚乱たる桜の花ざかり〉の光景を、 作家・火野葦平は、小説「花と龍」にしるしている。  やがて時代は去り、黒いダイヤも輝きを失った。宴のあとは虚しい。 残滓にまみれ、海に空に見る影は無く、花が散るように町は死んだ。  時が過ぎて港に魚の影が戻り、いつの間にか高層の住宅が立ち並んだ。 懐かしい匂いは剥ぎ取られ、水際はコンクリートで固められた。 海は、名も無き星々の深い眠りを湛え、その忘れられた夢の上にかもめが音もなく舞い落ちる。  いつかまた、この青空と薔薇色の雲に似合う花が咲くだろうか? 寂しい冬の時間が静かに流れてゆく。  わたしは、この町に生まれた