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「記念日」   我が家の台所に随分使い込んだ、銅のフライパンがある。 母が大事にしているものだ。 なんでも結婚間もない頃、親父が記念に買ってくれたと言うことだ。 その頃の親父は、仕事でろくに家にも居なかったそうだから、 どんなつもりで買ってきたのやら、よほど金物屋に義理でもあったのだろうかしらね、 と母は言っていた。        結婚記念日の贈り物といえば、大抵は指環などが通り相場というものだが、 それにしても家であまり食事もしなかった親父が、 おふくろの料理上手を見抜いていたのだけはさすがだ。        でも贈り物は後にも先にもそれ一回きりで、そんな親父のことだから、 今ではフライパンのことも肝腎の結婚記念日のことも、すっかり忘れているに違いない。